「五人の中でどいつが助かったか、俺なら、ブルーエに二十フラン金貨を二枚賭けるな。そんなもん持ってりゃの話ですがね。やっこさん、ノーマンズ・ランドのど真ん中で雪ダルマをこさえてた」
                    
 「長い日曜日」セバスチアン・ジャプリゾ(田部武光訳) 創元推理文庫

 1917年1月のある日曜日、戦場で5人のフランス兵が処刑された。彼らは故意に自分の手を傷つけて戦線離脱しようとした卑怯者として、見せしめのために処刑されたのだ。婚約者の死をただ「戦死」とだけ信じていたマチルドの元に、真相を知る手がかりがもたらされたのは1919年の夏。彼女はそこで初めて、婚約者マネクが処刑されたのだということ、その「処刑」の特殊性ゆえに、もしかしたら彼が、もしくは5人のうち誰かが生きているという一本の細い希望を見出す。手がかりになるのは、5人がそれぞれ妻や情婦にあてた手紙、その場にいた人々の証言、わずかに残る噂話。マチルドは新聞広告を出し、ひとりひとりを訪ね、真相を、マネクへとつながる一本の線をたどりつづけていく。
 当初ばらばらに語られていた人々の名前が、ある瞬間につながってゆく。マチルドには幼い頃の事故で両足が動けないというハンデがあるが、手紙や、周囲の人の手助けなどもあって、常にひたむきに前進していく姿が力強く美しい。たとえマネクが死んでしまっているのだとしても、その死の真実が知りたい、最後の瞬間を知りたいと願うマチルドの手元に集まる情報は、ほとんどすべてがマネクの死は確実であり、しかも彼はほぼ発狂していた――戦場のど真ん中で微笑みながら雪ダルマを作っていた――というような、哀しいものばかりだ。それでも、もしマネクでない誰かが生きているのなら、その人にだけでも会いたいと願うマチルドの行動は、もうほとんど執念に近い。
 物語は不思議な文体で語られるが、これは、マチルドが自分自身のことを一人称ではなく三人称で書いた、という設定になっているからだ。マチルドが大きな箱の中に集めた彼女の人生の物語。登場人物がやたら多く(しかもファーストネームやミドルネーム、ニックネーム、階級等々、人々が好き勝手に呼んでいるため、誰が誰だかをつなげるのが一苦労)、しかも読みにくい文体ではあるのだが、マチルドが恐ろしくて恥ずかしいといいながらも目の前に広げてくれた物語は、きっと心に残るものであるに違いない。



オススメ本リストへ