「でも、考えてみて。あなた方は、駒だとしても幸運な駒ですよ。追い風が吹くかに見えた時期もありましたが、それは去りました。世の中とは、ときにそうしたものです。受け入れなければね。人の考えや感情はあちらに行き、こちらに戻り、変わります。あなた方は、変化する流れの中のいまに生まれたということです」
「追い風か、逆風か、先生にはそれだけのことかもしれません」とわたしは言いました。「でも、そこに生まれたわたしたちには人生の全部です」
              
 「わたしを離さないで」 カズオ・イシグロ(土屋政雄訳) ハヤカワ書房

 物語は、キャシー・Hの独り語りで始まる。介護人を十一年勤め、三十一歳になるキャシー。優秀かどうかは別としても、キャシーの仕事ぶりは認められていて、だからこそキャシーは介護する相手、提供者を選ぶことができるのだが、そのことは彼女がヘールシャム出身ということも加わって、周囲からの嫉妬を呼ぶこともある。けれど、ヘールシャムでともに過ごしたルースとトミーの介護ができたことはキャシーにとってもよい思い出だ。
 ヘールシャムでの日々。少年少女がともに寝起きし、学び、遊んだ。癇癪もちで、みんなのからかいの的であったトミーと、虚栄心が強いルース。他のどの生徒たちよりも、キャシーにとってはこのふたりが特別の友人だった。ときには喧嘩をし、仲直りをし、また喧嘩をして。閉ざされた狭い空間の中で、彼らは「ちゃんと教わっているようで、教わっていない」。外の世界のことなど何ひとつ知らず、テレビの登場人物たちの真似をして、そして先に待っている「提供」の真実がこころに響くことはない……
 「提供」が臓器提供を指すことは、物語のごく初期の段階で容易に想像がつく。しかし、介護人のキャシーと、提供者となったルースやトミーが、どうして幼いころ同じ場所で暮らしていたのか、どうして成長後の立場が違うのか、他のところで育ったという提供者たちがなぜヘールシャムのことを憧れをもって語るのか、ということは、物語を読みすすめていくまでわからない。語り手であるキャシーに知識がないせいで読み手にも世界全体の様子がつかめないという点では「侍女の物語」を思わせるが、キャシーの場合には比較対象がないせいもあって、特異な状況をすんなり受け入れてしまっている状態が長く続く。読み手にとっては異常なことでも、キャシーにとっては当然なのだ。そこで読み手としては、淡々とした語り口のキャシーがいつ真実を知るのか、知ったときどうするのかとどきどきしながら読みすすめるのだが、キャシーは最後までキャシーである。そのことがかえって涙を誘う。設定はSFだが、いずれ訪れる死にどのように向きあうのかという点では、かならずしも現実とかけ離れた話ではない。ネタばれになってしまうのであまり書けないのが残念だが、キャシーの学校生活が身近に感じられ、彼女を近しいものだと思えるからこそ、信頼していたはずの人物、自分たちを愛してくれていたと思っていたはずの人々が見せた強者の論理、相手を無意識のうちに見下す傲慢な言動のほうが衝撃的である。その無神経さに心が痛む。
 基本設定に微妙な齟齬というか疑問を感じるところがないわけでもないのだが、それはさておき、こころに残る佳品である。刊行したその年に《タイム》誌の「文学史上のオールタイムベスト100」に選ばれた作品。オススメ。



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