生きたい、生きたい、と念じてもがくたびに少しずつ野原が染み込んでくる気がした。息を吸いたい。ただひたすらに息を吸いたい。草の匂いが毒を中和していく。
                
   「草祭」恒川光太郎 新潮社

 中学三年生の初夏、友人の椎野春が失踪した。誰にも行方がわからなかったが、春の友人である「ぼく」、雄也にはひとつだけ心あたりがあった。幼い日に春とふたりで迷い込んでしまった<けものはら>。この地域、美奥に古くから住むお化け<のらぬら>の気配を感じたそこに、春はいるのではないか。そして探しあてたぼくの目の前で、<けものはら>の影響を受けた春は徐々に姿を変え始めていた……
 連作短編集。物語は美奥と呼ばれる地域の過去と現在を描いている。少年の姿をした守り神。死体が姿を変えてよみがえる秘薬の話。天化と呼ばれる不思議なゲーム。物語に登場する人々やエピソードはかすかな糸で結ばれているが、なにより関連しているのは、もちろんそこが美奥である、ということだ。
 獣や人が姿を変える場所。心の奥底まで見透かすような出来事。静かで、どこかノスタルジックを感じさせる風景の中で、さまざまなことがおこる。よくよく考えてみれば怖い話なのかもしれないが、語り口のやわらかさと、登場人物たちのやさしさもあって、怖さよりもなつかしさのほうを強く感じてしまうのはなぜだろう。
 「夜市」の雰囲気が好きだった人には、たまらない作品。オススメ。



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