実は、何を書くのか判然しないまゝに書き始めているのである。
          
 「無常という事」(「栗の樹」所収)小林秀雄 講談社文芸文庫

 ……さて、この文庫本の裏表紙には、
「“如何にして己を知ろうか” フランス象徴主義、ベルグソン、孔子、西行、宣長――古東西古今にわたる「達人」たちの精神の運動を、「観」の目で凝視し、「批評」の言葉で語る(以下略)」
 と書いてある。そういえば「無常という事」「私の人生観」あたりは入試問題やらなにやら、高校の授業で取り扱うこともあるようである。……ので、これだけを読むと、おそろしく小難しく、容易には手に取りづらい本のような気もする。
 が、しかし。
 この本には「感想」として、短いエッセイを集めた部分があるのだが、これがもう思わず吹き出してしまうほどにおもしろい。
 さあスキーをやろうと連れ出され、山の上まで来たら、あとは自然の成り行きにまかせろ、といわれて放り出され、成り行き上、自分のスキーで頭に大きな瘤をこしらえ、左の肩を捻挫した。とりあえず右には曲がれるが、数えきれぬほど転ぶ。そのレベルのスキーヤーが、千七百米級の山を七つも越えるといわれても、雪山の概念がないから驚くわけもなく、「淑女コース」なるものに挑戦するはめになるのだが、さて、その顛末は……ご想像のとおりで、これがもう爆笑もの。
 着のみ着のままで暮らしていたころ、従弟に大口をたたいたせいで初講演をすることになったが、さて着るものがない。志賀直哉のところに服を借りに行って、甥の登さんの誂えたばかりの背広を借りると、これがもうピッタリ身に附いているので、講演が終わっても返すことを忘れていて……のどかな時代ののどかなオチに、思わずにやり。
 こういう「感想」を読み進めていって出会う「私の人生観」は、これだけを取り出して、小難しい解釈とともに読むよりも、よほどすんなり頭にも心にも入ってくる。なかなかうまい編集をした本だな、と、そんな部分にも感心できる本。オススメ。



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