今も私は、自分の「記憶」というものが、本当に正しい「記憶」なのかどうかに確信が持てずにいる。どれだけ確固とした記憶を持っていても、その外側に、自分ですら認知し得ない記憶があるとするならば、それを知る手だてはない。
                 
 「彼女の痕跡展」(「鼓笛隊の襲来」所収) 三崎亜記 光文社

 ある朝の目覚めとともに訪れた、圧倒的な喪失感。
 「私は、恋人を失った……」
 しかし、いまの私には恋人と呼べる相手はいない。あるのはただ、いるはずの恋人を失ったという喪失感だけ。具体的な対象はないのに、ただ胸に広がる喪失感を持て余していた「私」は、ある日、小さなギャラリーを発見し、そこで行われていた「彼女の痕跡点」に引きつけられる。展示の主催者の「彼女」が好きだったCD、彼女が着ていた洋服、好きだった本……それらはすべて、「私」がかつて好きだったもの、着ていたものに違いなかった。それでは、この主催者こそが「私」の恋人なのだろうか……?
 短編集。恋人を失ったという喪失感を描く「彼女の痕跡展」や、家の中のどこかに消えてしまった夫を待つ妻の「『欠陥』住宅」、覆面によって隠した自己、しかし隠したものがなんだったのかさえわからなくなる「覆面社員」などなど、三崎亜記風の喪失感が描かれる。
 それにしたって、表題作「鼓笛隊の襲来」がすごかった。
 赤道上に、戦後最大規模の鼓笛隊が発生した。
 鼓笛隊は、通常であれば偏西風の影響で東へと向きを変え、次第に勢力を弱めながらマーチングバンドへと転じるはずであった。
 もう最初の二、三行でガツンとやられてしまったのである。
 さすが三崎亜記。目が離せない。



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