「人並みになるとは、人並みの喜びだけではない。悲しみも苦しみも全て引き受けるということだ。人並みになりたいのであれば、それを重々承知せよ」
                                     
 「小太郎の左腕」 和田竜  小学館

 西国、戸沢家の領地では、当主である戸沢利高が好んでいたために、武士、領民問わず、鉄砲に熱中し、技能を競い合っていた。そんなある日、戸沢家の猛将、巧妙漁りとも呼ばれる林半右衛門は、敵である児玉家の花房喜兵衛との立ち合いで傷を負い、あわや落ち武者狩りに合うところを、領内の地鉄砲(猟師)に助けられる。ぶっきらぼうな祖父と、少々知恵のまわらぬらしい孫。それが、半右衛門と小太郎との最初の出会いだった。
 神業と称せられるほどに優れた鉄砲の技を持ちながら、小太郎は小動物の命さえをも惜しむ優しさを持つ。怒りも憎しみも知らない小太郎に与えられたのは、鉄砲の才以上に、その優しさというものなのだ。それゆえに、祖父の要蔵は小太郎に左構えの鉄砲を持たせることなく、山奥でひっそりと平凡に暮らしていくことを選択し、半右衛門もまた、当初はそんな小太郎を守ろうとする。だが、戦を前にしては、そうもいっていられなかった。半右衛門はつらい選択をし、小太郎は何もわからぬままに、非情な運命に巻き込まれていく。
 「のぼうの城」では、やや現代口調が気にかかった和田竜の時代小説第二弾。文章は格段にこなれていて読みやすいし(ちゃんと「時代小説の文章」になっている)、それでいて「のぼうの城」にあったエンターテイメントとしての勢いは失われていない。ということで、おもしろい。
 登場人物たちはそれぞれに魅力的だが、中でも玄太が良い。小太郎が鉄砲を持つまでは、領内一の鉄砲の腕をもっており、侍を志す父親によって戦に駆り出されるが、実際には戦の中ではなく、山の中で猟師として生きていきたいと願っている少年。そもそも、がき大将として悪童たちを束ねていた玄太の仲間に入れてもらい、一緒に遊んでもらうことだけが、小太郎の望みだったのに、どんな運命のいたずらか、玄太は小太郎に使える身となってしまう。そうなったときの、玄太の心の動き、小太郎とのやりとり。ささいな描写だが、少年ながらに複雑な思いを抱える玄太は、見逃せない存在。
ほんと、おもしろかったです。オススメ。



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