「このカップにミルクを入れて、毎日まどに出すことを忘れないで。もしも人間がそれを忘れると、この人たちは生きていられません」
                「木かげの家の小人たち」 いぬいとみこ 福音館

 イギリス人のミス・マクラクランから小人を預かった森山達夫は、その小人たちを大切に大切に書庫の奥にかくまい、毎日ミルクを運ぶ。そして達夫が中学生になったときにはその仕事を妹のゆかりが。ゆかりが病気で亡くなったのちにはいとこの透子が。そして……透子が大好きな達にいさんと結婚して、二十年に近い月日が経ったころ、が、この物語の舞台である。
 三人兄妹の末っ子のゆりは身体が弱く、甘えん坊といわれているけれど、小人たちにミルクを運ぶために苦しい苦しい思いをする。ときは第二次世界大戦中、たったコップ一杯のミルクを手に入れることすら難しくなるような時代だったのだ。かつては小人たちを愛していたはずのゆりの兄、信はヤミでミルクを手に入れる自分の家を非国民だと非難し、そしてまた英文学者の達夫は戦争に反対したことで牢屋に入れられてしまう。それでも父を信じ、周囲の白い目にしゃんとした肩で耐えるゆりは小人たちのためにミルクを運びつづけようとするが……。
 戦争さえなければ、小人たちもゆりもいつまでもしあわせに暮らせたことだろう。けれど、ゆりも小人たちも苦しくかなしい思いを繰り返す。
 一杯のミルクのために泣いた少女がいたことを、平和だといわれる現代のわたしたちは、忘れてはならないと思う。



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