「きみは愛するってことがどんなに単純なことかも忘れている。まずそれを、もう一度学ぶことだ」
     
「囁く谺」 ミネット・ウォルターズ(成川裕子訳) 創元推理文庫

 わたしには、この作者の本は必ず読む(買う)と決めている人が数人いる。外国人推理小説作家ならオベール、リンゼイ、ゴダード、コーンウェル(この人については最近悩み中)などなど。ミネット・ウォルターズもそのひとり。
 ビリー・ブレイクと名乗るホームレスが、裕福な家ガレージで、ものがいっぱいつまった冷蔵庫を前にして餓死した。死後五日後に発見された彼に、やけにこだわる家の所有者の女性。主人公の記者マイケルは、ビリー・ブレイクとはいったい何者なのかを調べ始める。
 ビリーはなぜ餓死したのか。調べるマイケルと並行して、過去に失踪したふたりの男の話が挿入される。彼らはなぜ失踪したのか。どちらかがビリーなのか、それともふたりともビリーではないのか。だとしたら、彼らはいまどこにいるのか、ビリーの正体は……――。
 謎が謎を呼び、混乱が困惑を呼び、絡みあった糸は容易にほぐれそうもない。なにせ「女彫刻家」や「氷の家」で見せたごとく、ウォルターズの登場人物たちはみな、そろいもそろって嘘つきばかりなのだ。なにが真実でなにがそうでないのか、誰が信じられて、誰が裏切り者なのか。ひと癖もふた癖もある魅力的な登場人物の中でも、ホームレスの少年テリーは出色。生意気な処世術に長けたこの少年の、それも憎たらしいまでにしたたかな生き方に、拍手を送らずにはいられないのである。そして、そう思ったとき、「ビリーの真の価値は」と最後にローレンスが語る部分が妙に納得されるのも事実。あまりに絡みあった伏線に頭が痛くなるかもしれないが、逆にいえば再読のおもしろさが味わえるということで……ぜひ、読んでもらいたい。



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