「大丈夫、俺がついてる」
 自分で言った言葉に顔が赤くなった。
      
「似たものどうし」(「傷」所収) 北原亞以子  新潮文庫

 元定町廻り同心の森口慶次郎は、周囲から仏の慶次郎、とも呼ばれている。罪人を捕らえるだけではなく、罪人を作らぬのが同心のつとめだ……と思っているからだ。しかし、半月後に婚礼を控えた娘が乱暴されて自害したとき、慶次郎はふと我を忘れて激怒する。罪を犯したものを決して憎むなと、肉親を殺された者たちを諭していた自分は馬鹿だった。殺した男を憎まないほうがおかしいのだ、殺してやる――と。逆上し町中を駆けまわる慶次郎を、かつて慶次郎にかかわった者たちが支えてゆく。
 登場人物のだれもが魅力的だが、やはり吉次かなあ、と思うのである。そういえば、どこかのあとがきに(慶次郎縁側日記、としてすでに四巻ほど出ている)、吉次ファンという人が他にもいたが、なにせ人間味がある。十手持ちの中でも鼻つまみで、金になりそうなネタは表ざたにせずに金をゆする。妹夫婦と同居しているが、自分の部屋は万年床に万年炬燵。そのあまりの汚さに、妹夫婦がすすめていた養子の口さえ壊れたのだから、その酷さも想像がつこうというものだ。そんな吉次が、かつての自分によく似た少年に出会ったときの物語が「似たものどうし」。ほろりとさせ、ときにしっとりと、江戸情緒あふれる作品である。
 あまりにやわらかく、ふんわりとした雰囲気だから、ふと見過ごしにしてしまいそうだが、練り上げられた文章の中に、芯のしっかりした作者の人間観のようなものが見えてくる。表だけでなく裏だけでもない人間のありかたが、ふとした仕草やことばから伝わってくる佳品である。



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