「あなたが見てきたのは死体であって人間ではありません」
            
 「麒麟の翼」東野圭吾 講談社

 日本橋の上、麒麟の像の傍らで、中年男性の刺殺死体が発見される。男はどうやらよその場所で刺され、そのままふらふらと橋のほうに歩いてきて、そのまま亡くなったらしい。犯人逮捕の捜査網が敷かれる中、現場近くで捜査員から逃げ出した若い男がトラックにはねられ、そのまま意識不明の重体に。被疑者死亡で落着か――被害者と若い男とのあいだに接点があったことから、事件は難なく収束していくかにみえたが、日本橋署の加賀と捜査一課の松宮のふたりは、被害者の足取りを追ううちに、いくつか説明のつかない疑問を見つける。
 加賀恭一郎シリーズ最新刊。物語の中では、前作までで亡くなった加賀の父親の三周忌に関することも話題となる。加賀と父親との関係を傍らで見てきた看護師、金森が伝えようする、父から息子への最後の想い。人の死はたくさん見てきた、という加賀に、金森は加賀が見てきたのは死体であって人間ではない、という。
「死を間近に迎えた時、人間は本当の心を取り戻します。プライドや意地といったものを捨て、自分の最後の願いと向き合うんです。彼らが発するメッセージを受け止めるのは生きている者の義務です」
 そしてこの彼女の言葉が、事件の鍵を解くひとつのヒントとなるのである。
加害者と思われる若い男が労災隠しによる派遣切りで苦しい生活を送っていたということがわかり、ワイドショーなどがことさらにあおりたてることで、いつしか被害者と加害者の立場が逆転する。だが、失われた者たちは帰ってこない。両者が死亡してしまった中で、被害者家族、加害者家族の双方を救うことができるのは真実だけ。加賀は死んでしまった者の最後のメッセージを受け止めることができるのか?
 哀しい物語ではあるが、結末はどこかすがすがしい。加賀恭一郎シリーズが好きな人にも苦手な人にもオススメ。




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