『聞いてどうするの?』
「……少しは松子伯母さんのことを、わかってあげられるかも知れないかな、って」
            
「嫌われ松子の一生」山田宗樹  幻冬舎

 大学生の川尻笙は、突然上京してきた父親から、三十年以上前に失踪した伯母、松子が東京で惨殺されたことを聞かされた。とはいえ、そもそも自分にそんな伯母がいたことさえ知らなかった笙にとっては、伯母が殺されたとしても、さして複雑な思いがあるわけでもない。しかし、恋人の明日香に促され、松子伯母の部屋を片付けに行った笙は、そこで荒川を眺めていたという松子の話を聞き、同じ家に生まれ、同じ土地で育ったというつながりを感じる。そこは、笙が、そして松子が生まれ育った場所にとてもよく似ていたからだ。そして、笙は松子のことを少しずつ調べ始める。
 物語は、現在の笙と、松子の人生が一人称で綴られてゆく。美人で生徒にも人気のあった松子は、なぜ教師をやめ、故郷を逃げるようにして去って行ったのか。人を殺して刑務所にまで入ったという松子。なぜ、そんなことになったのか……
 松子の人生は、ひとことでいえば転落続きの不幸な人生としかいいようがない。しかし、本来は中学の教師として真面目に生きてきた彼女が、なぜそのような人生を歩まなければならなかったのか、ということには、外からはわからない理由があるのだ。笙は丹念に松子の生涯を追うことで、彼女の中にひそむ弱さや哀しさ精一杯生きようとする意志を感じ取っていく。そしてそれは、笙にも、そして恋人の明日香にも、影響を与えずにはいられない。
 途中まで、松子の人生になどまるで興味が持てず、人を殺したと聞いてドン引きしてしまうような、いまどきの青年である笙が、きちんと一人の女性としての松子にむきあっていく様がよい。誰にでも、生きる理由があり、生きる価値がある。松子の死の真相を浮かび上がらせるラストまで目が離せない。オススメ。



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