自分が今まで、それこそが世界だと信じてきた物のすべては、虚しい書割なのである。ビルも街路も公園も、それにまつわるあらゆる権威も機能も、いやそこに生活する人間たちの信義や愛情、すべてが虚構であった。
             
「きんぴか」 浅田次郎  講談社

 十三年前、ちょっとした勘違い(というか思い込み)によってヤクザ抗争の真っ只中、警察の包囲網を突き破り、三トンダンプごと本家の厳寒に飛び込んでダイナマイトを雨アラレと投げ敵の総長を女房もろともハチの巣にしたピストルの健太、略してピスケン。しかし放免になってみれば、かつての組はすっかり企業ヤクザ化し、時代遅れのピスケンには知らんぷり。実の両親も地上げで得た二十五億でゴールドコーストに引っ越している。そんな彼の身柄を引き受けてくれたのは、これまた古いタイプの向井刑事だった――物語は、このピスケンを初めとする三人の悪党を向井刑事が集めるところから始まる。
 自衛隊の湾岸戦争派遣に異を唱えて自決の手段に訴えようとした大河原一曹、通称軍曹。収賄の罪を着せられ、妻にも逃げられた元国会議員、広橋。彼らは――愚直なほどに自分に忠実で、裏がなく、時代と激しくずれているほどに優しい。向井刑事はそんな彼らを見込んで、とあるビルに召集し、彼らにしかできない世直しをさせようとするのだ。
 が。物語は、べつに必殺仕事人風世直し物語、ではない。
 むしろ彼らの突っ走り、ずれっぷり、そんなものが痛快で愛しい。
 笑い、泣き、大いに楽しみながら読めるシリーズ。わたしの好みはやっぱりピスケンです(広橋さんもいいけど/笑)。
 


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