「あんた、気ィつけなさいよ。佐藤の一族というのは普通やない血筋の家やから。毒の血が流れてるにちがいないんやから、その血に負けんように気ィつけなさいよ」
               
 「血脈」 佐藤愛子  文藝春秋

 それはほんとうに、いったいなんという一族だったことだろう。
 物語は、少年佐藤八郎(のちのサトウハチロー)が、我が家を訪ねてきた客人ふたりと出会うところから始まる。愛想のカケラもない目をした女、横田シナ。女優志望のその女に、八郎の父、佐藤洽六(紅緑)は惹きつけられ、彼女が自分を愛していないと知りながら、彼女を喜ばせようと必死になってゆく。捨てられる母。放置される子どもたち。「狂恋」と表現されるほどに必死になる洽六。シナのために、洽六は己の周囲のすべての者たちを捨てていく。どんなことをしてもシナが喜ぶことはないと知りながら。
 度々学校を退学となる不良少年の八郎、嘘つきの弟チャカ。人を騙して金を巻き上げるか、ただ日がな一日のらくら怠惰に暮らすか、佐藤の一族の男たちはこのどちらかしかいない。ひっきりなしに怒鳴りあい、人が悲しんでいる場面でも笑いをとり、自分の感情の正直で、他人を驚かせる佐藤一族。彼らの上にも等しく戦争の波は押し寄せ、思いがけないことで次々と死んでゆく。そして衰え行く洽六に代わって、サトウハチローとして名をあげてゆく八郎。だが、彼の詩を読んで佐藤家の人々はいうのだ。詩も小説のように作るものなのか? と。こんな嘘っぱち、と。
 上・中・下三巻、3400枚があっという間である。引きずられるようにして佐藤家の一員となったシナが最初から下巻の半ばまで生き残るが、とにかく洽六、八郎をはじめとして、佐藤家の男たちには正妻の他に関係した女性や、生ませた子どもの数が多く、さらには戦争を間に挟むため死亡する人々も多いため、「佐藤一族」とそれに関わった人々の増減はやたらと激しい。だが、それがまたおもしろさのひとつであると思わせるほどに、さして混乱させられる風でもなく読めるのは作者の力量というものだろう。中心となるのは、洽六、ハチロー、ハチローの異母妹の愛子の三人。彼らの子どもたち。三代にわたる佐藤家の狂気にも似た怒涛の生き方を描いた作品である。人が生きることはそれだけでドラマだが、佐藤家を越えるところは、そうはないのではないか。
 菊池寛賞受賞。骨太の、迫力のある作品である。ただし、サトウハチローの詩が好きで、涙ぐむような人は、読まないほうがいいかもしれない。




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