裁く側に座りたがる人間がどう考えようが、おれは悪い男じゃない。
            
  「殺す警官」 サイモン・カーニック(佐藤耕士訳) 新潮文庫

 「おれ」、デニス・ミルンはロンドン警視庁刑事部の巡査部長であり、殺し屋でもある。十二年前、ある事件中に発砲して一人の男を殺したことから、昇進の階段もゆっくりしかのぼれず、銃火器を使用する任務から外され、私生活でも銃の所持を禁じられているデニス。本音では男を殺したことをなんとも思っていないし、法から外れていても悪党を殺すことは正義だと思っているので、彼は殺し屋という副業も、なんら己の正義感とずれることなく受け入れている。
 そんな彼が今回依頼されたのは、いずれも人間のクズ、悪党であるという三人組――の、はずだった。しかし、四万ポンドの報酬で引き受けたその殺しの相手が善良な税務署員と会計士だったことを翌朝のニュースで知り、デニスは慌てる。これは誰かが仕組んだ罠なのか。売春婦殺しという自分の事件を抱えながら、殺し屋としての素顔がばれることを怖れるデニス。しかし司法の手は徐々に彼にせまり、ついには彼そっくりのモンタージュ写真まで掲載されてしまう。
 犯人として追われる恐怖を抱きながら、別の事件を刑事として追及する、という錯綜した物語。デニスの正義感はとんでもないときにとんでもない形で発散されるので、そういう意味でも目が離せない。型破りではあるが優秀な刑事として、一部の上司や同僚から敬意を払われている一方、彼なりの論理で麻薬の横流しなどの汚職にも平気で関わっているデニスの複雑さ。いつしか引き込まれてしまう。
 それにしても、考えてもらいたい。
 犯人として追われた警官の物語は、それだけで終了――で、続きはないはずだ。だが、あとがきによれば、何作かあとで、またこのデニス登場があるかもしれないとのこと。どんな話になるのか……楽しみである。



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