わからない。わからないけれど、幸も不幸もそこにある。走るという行為の中に、俺やあなたのすべてが詰まっている。
               
 「風が強く吹いている」三浦しをん  新潮社

 高校時代の不祥事によって陸上部を退部し、いまは一人でただ走っている蔵原走は、大学入学前に親から送金されたすべての金を使い果たし、野宿生活を強いられていたところを同じ大学の四年、清瀬灰二(ハイジ)に拾い上げられた。コンビニで万引きした走を追いかけてきた清瀬は、罪を責めるどころか、走に格安の下宿を紹介し、飯まで食べさせてくれた。崩れかけたような下宿、竹青荘にはすでに九人の下宿人がいたが、走がそれぞれに個性的な面々との生活にもようやく慣れかけたころ、清瀬がその全員に爆弾宣言をする。この十人で箱根駅伝を目指そう……と。なんと、この竹青荘は寛政大学陸上部の錬成所であり、竹青荘に入居した時点で陸上部の入部も決まっているというのだ。走ばかりでなく、四年間もアオタケに住んでいてもそんなことさえ知らなかったという面々は口々に反対意見を述べるが、清瀬は飴と鞭とをうまく使ってメンバーを次々に丸め込んでいく。……自分は本当にふたたび表舞台で走れるのか? そもそもこんな素人集団で箱根の予選会を突破できるのか? 走の不安や疑念をよそに、練習が始まった……
 絶対あり得ない、けれどだからこそ面白いシチュエーションの物語。ひとりひとりの個性に合わせた練習や指導を綿密に考え、与える清瀬の存在があり、それに応えるメンバーの個性が光る。それまで集団で登場していた十人が、襷をつなぐ駅伝の中で、ひとりひとりくっきり描き出されるという手法もよい。「速く」ではなく「強く」。箱根駅伝ファンも、そうでない人にも、オススメできる一冊。




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