私は改めて思う。支えられているのは、私のほうなのだ、と。あなたの声を聞いて私はたしかに力づけられるのだ。しかし、この事実を伝えるのは難しい。
                 
    「神様のカルテ」夏川草介  小学館

 「私」、栗原一止は、地方都市の一般病院に勤務する五年目の内科医である。夏目漱石の「草枕」をこよなく愛し、再読に再読を重ねるあまりにしゃべりかたまで古風。身なりにかまわず、口調はおかしく、意味不明に難解なことを口走ることもあるが、自分では勤勉・実直な青年医師だと信じてやまない。しかし、地域医療は崩壊の一歩手前であり、深夜の救急外来は通勤時間帯の駅以上の混雑。どんな患者でも運ばれてきた以上は診なければならず、消化器内科が専門だなどとは、口が裂けてもいえないのだ。徹夜につぐ徹夜、三日間の睡眠時間は三時間。それでも地域医療に尽くすのは、患者の笑顔が見たいから……など、そんなことを口に出してはいわないけれど。
 連作中編形式の長編。
 超多忙勤務の地域病院を舞台に、やや変人がかった「私」が活躍する日々を淡々と描く。大学卒業から住んでいる元旅館のアポート「御嶽荘」には、自称天才画家の「男爵」や、万年大学院生の「学士殿」など、「私」以上に個性的な面々がそろっている。その雰囲気は、やや『妖怪アパート』に近いものがある。とはいえ、そんな家に帰る暇もなく(細君との結婚記念日も失念してしまうほどに)、とにかく、忙しい。
 高度な先端医療を身につけないかと大学病院から誘いを受け、迷う日々。どちらがよいとか悪いとかではない。けれど、自分にとって、そして患者にとって、どちらを選ぶことが本当に良いことなのか――
 「チーム・バチスタ」ほどの派手な立ち回りはないが、これもまた、医療現場の現実なのだと思う。
 2010年度本屋大賞ノミネート作品。



オススメ本リストへ