「岡山県警捜査一課の若手敏腕刑事と岡山でいっとう美人の私立探偵が、一緒のワーゲンで乗り込んでいくとなれば、もう事件は起こったも――いや、解決したも同然ってわけね」
「そうなればいいけど――いま、『事件は起こったも同然』っていわなかった?」
「ううん、いってないわ。『若手敏腕刑事』とはいったけど」
「そう、それならいいんだ」
             
     「館島」 東川篤哉 東京創元社

 岡山では知らない人がいないほど有名であり、岡山以外では知ってる人がいないほど無名である十文字和臣が謎の死を遂げた年の夏。岡山県警捜査一課の若手刑事であり、和臣の妻康子の義理の姉の娘が、叔父の息子の愛人だという「遠い親戚」である相馬隆行は、康子夫人の招待を受けて和臣が死んだ横島へと向かっていた。折りしも横島には和臣の死に居合わせた人々が集合し、しかも康子夫人の姪で私立探偵の小早川沙樹も招待されてきていた。六角形をした不思議な館で起こる新たな連続殺人事件。嵐によって警察の援助を受けられない状況で、隆行と沙樹は事件を解決することができるのか。
 ……と書くと、いかにもおどろおどろしい「なんとか館殺人事件」のようなのだが、物語はいたってコミカルにすすむ。平凡な刑事と、突っ走り型の酒飲み女探偵が一応は地味な推理を展開するのだが、刑事の頭はややもすれば女探偵の足のあたりに集中するし、探偵は探偵で酒を飲む機会を逃さない。館の中には世間知らずの美少女とその母、美少女をめぐって互いに恋の鞘当て(しかも見込みはほとんどゼロ)を繰り返す兄弟、うさんくさげなルポライターなどがいるのだが、彼らもいたって平凡で、とてもじゃないけど殺人犯には見えない。
 ではミステリとしておもしろくないか、というと、これがおもしろいし、しっかりしているのである。加えて最後には壮大な浪漫のようなものさえ感じさせてくれる。
 楽しい本が読みたいむきにはオススメの一冊。



オススメ本リストへ