「父の、父の無実を晴らしていただきたいのです」
           
 「陰の判決」 小杉健治  新潮文庫

 初秋のある日、水木法律事務所にひとりの女性が現れた。彼女、村瀬ゆき子は、十三年前に獄中死した父の無実を訴え、その再審を求めてきたのだ。明らかな証拠がなければ不可能だと諭す水木に、ゆき子は、現在冤罪事件を主に扱うことで有名な中西弁護士が、当時、ゆき子の父親の無実を信じる一学生であったことを告げる。中西は当時、ゆき子の父のために、街頭で無罪を訴えるビラまで配ったという。
 何かに突き動かされるようにして十三年前の事件を調べ始めた水木は、中西に会いに行き、彼の助けも借りながら再審請求を起こす。中西はその頃、非常にむずかしいといわれていた「赤石事件」を担当し、徐々に軌道に乗り始めた頃であったが、水木のために時間を割き、さまざまな助言を与えてくれる。水木の中には中西への信頼が芽生え、弁護士としての尊敬の念も増すが、そんなとき、中西の事務所で働く森谷という男が殺害された――
 十三年前、なぜ無実の男が獄中で死なねばならなかったのか。物語はそれを明らかにするために進んでいくように見えるが、実はそのことこそが大きなミスリードであったことが、徐々に明らかになる。どんでん返しにつぐどんでん返し。最後の最後に明らかになる真実。大きな犯罪、判決の陰で、強引な捜査や気のない弁護によって無実のまま死を迎えさせられた無力な者たちもいる。その事件でだけは無実かもしれないが、さまざまな犯罪を重ねてきて知らん振りしている者もいる。人が人を裁くことの難しさを考えさせる作品でもある。



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