「わたしたちは、びんぼうだ。だけど、働いてお金をかせいでいる。わたしたちは、びんぼうだ。だけど、土地を持ち、家を建てている人もいる。わたしたちは、びんぼうだ。だけど、奴隷じゃない」
 
                 「六月のゆり」 バーバラ・スマッカー(いしいみつる訳)ぬぷん児童図書出版

 ジュリリーは6月(ジューン)に生まれ、母のサリーがゆり(リリー)を好きだったことからジューン・リリーと名づけられ、たいていの人からはジュリリーと呼ばれている、バージニア州ヘンセン大農園の奴隷のひとりだった。ヘンセンさんは自分の奴隷にはほとんどむちをふるわず、奴隷たちはきれいな小屋を与えられ、満足して暮らしていたが、ヘンセン夫妻が北部に引っ越すために、彼らは深南部からきた奴隷商人に売り払われることとなる。家族はばらばらに引きさかれ、男たちは鉄のくさりにつながれた。ジュリリーもまた、サリー母さんと別れ別れになってしまう。だが、別れの日の前の晩、サリーはジュリリーに、ひとつの秘密を打ち明ける。それはすべての奴隷たちの希望の地、北極星の下にあるカナダの話だった。カナダでは奴隷制度が禁止されており、そこに行けば自由になれるというのだ。
 新たにライリー大農園で働くこととなったジュリリーだが、そこでは家畜にえさをやるような食事が与えられ、たいへんな労働とたび重なるむち打ちのために表情を失った奴隷たちが働いていた。しかし、ジュリリーの心の中には希望があった。いつの日かカナダに行き、サリー母さんとふたたびめぐり合うという希望だ。ジュリリーは、何度も逃げ出し、そのときのむち打ちのためにせむしとなり、同い年なのにまるで老女のような表情をしているライザと、カナダの夢を語る。そしてある日、『黒人どろぼう』と呼ばれる奴隷廃止論者のロスさんと出会った彼女たちは、他のふたりの奴隷たちとともに、カナダ目指して逃亡する。それはきびしく、つらく、恐怖にみちた旅だったが、「こわいけれど、こわくない」。ジュリリーたちは、自由の夢を抱きながら、ひたすらカナダを目指す。ライリー農園からの追っ手をかわし、見知らぬ人々の好意に助けられながら。
 黒人がまるで動物のように扱われ、農園で過酷な労働を強いられていたとき、希望の星であったカナダ。もちろん、ただそこにいっただけで白人並みの暮らしができるわけではない。彼らの生活は以前きびしい。とはいえ、ジュリリーたちがカナダに足を踏み入れたとき、「わたしたちはびんぼうだ。だけど、奴隷じゃない」と、まるで歌のようにリズムをつけて繰り返したときの熱い思いは、感動的だ。
 ひさしぶりに再読したが、やはりいい本はいい。と、しみじみ思った。



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