ということで、ある日、大胆にも電話で日本の苗字を名乗ることを決断した。
        
 「怪しい日本語研究室」 イアン・アーシー 新潮文庫

日本語はむずかしい。聞く、話すが何とかクリアできたとしても、読み書きという難問が残る。なにせ平仮名、カタカナ、漢字、と覚えなければいけないものが山積み。日本人だってろくすっぽ使いこなせていない連中は多々見受けられる……というような昨今、カナダ人であるイアン・アーシーさんが「その日本語なんか変!」と物申したのがこの本。
いや、頭が下がります。ことわざや格言、日本の古典文学に詳しいだけでなく、官僚言葉を皮肉って、たとえば「徒然草」序段をこんな風に訳してしまう(序段を知らない人はいないと思うので、そこまでの引用はしない……気になる人は古典の教科書でもひっぱりだすように)。
余暇時間の無効消費を進める過程において、一日当たり、平均労働時間に相当しまたは超過する期間にわたって、自然発生する感想・見解等知的諸作用の雑録を、インキ加工蓄積機能をふくむ旧式筆記用具の利活用によって無作為に整備していることを背景に、分析困難な異常心理的症状が生ずる傾向が確実に認められる。
――お間違いのないように。アーシーさんは、こんなくだらない役人言葉なんてやめちまえよ、ということをいいたいがために、わざとこのような訳にしているのであって、これが彼の日本語力ではない(くれぐれも)。
さて、そんな彼が、どう頑張ってもクリアできないのが電話での名乗り。「アーシーと申しますが……」「はい?」「アーシーの……どちら様?」「大橋様……でいらっしゃいますか?」このようなことを繰り返した彼が、業を煮やして選んだ日本語名とは!「正親町三条(おおぎまちさんじょう)」。立派な日本の名字であるそうなのだが、由緒は……この本を読んでください。わたしはそんな人がいたことさえ知らなかったです、はい。



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