「しげるちゃん、つくえにのっていいんですか?」
 と、せんせいがききました。
「だって、ちこちゃんがのったんだもの」
「しげるちゃん、つくえにのっていいんですか?」
 と、せんせいがもう一どききました。
「うん、いいよ。だって、ちこちゃんがのったんだもの」
        
 「ちこちゃん」(「いやいやえん」)中川季枝子作・大村百合子絵 福音館

 幼いころから引越しの多かったわたしは(14歳のときに14回目の引越しを体験)、多くの思い出の品や思い出の本を手元に残すことができなかった。「荷物になる」という理由で、近くの年下の子たちにわけあたえねばならなかったからだ。松谷みよ子全集も、世界児童文学全集も、あれも、これも……いま思えばなつかしく、口惜しく思うものも多い。そんなわたしが、唯一、これだけは絶対に手放さないといいはって手元に残した幼児用の本、それが「いやいやえん」だ。
 ちゅーりっぷほいくえん、ばらぐみのしげるは四さい。一日に十七回も約束を忘れ、先生にものおきにいれられるような男の子。顔も洗わず、つめも汚く、おおかみでさえきれいに洗ってからでなくてはお腹をこわしちゃう、と思うような、そんな子だ。先生に怒られても、「だって、ちこちゃんが……」というしげるに、先生はそれなら何でもちこちゃんと同じことをしなさい、といって、ちこちゃんと同じワンピースをしげるに着せる。すると……
 しげるはけっして「いいこ」ではないけれど、だからといって「いやいやえん」は、悪いことをするとこうなりますよ、とか、なにか教訓的なものをストレートに出しているわけではない。いま読んで、わがままでいたずらっ子のしげるがどこかなつかしく、微笑ましく思えるのはそのせいか。


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