「――そんな、人並みの暮らしなんか、望んだらいけないんだ」
             
 「いつか、陽のあたる場所で」 乃波アサ  新潮文庫

 小森谷芭子、二十九歳。かつて祖母が暮らしていた小さな家で新しい生活を始めた。芭子のことを海外留学帰りのお嬢様だと思っている近所の人たちは、こんな下町の汚い家で、と驚くが、実は芭子にとっては、新しい暮らしを始めるのはここしかなかった。絶対に人に知られてはならない過去――刑務所での服役。履歴書に本当のことなんて書けるはずもないから、ちゃんとした仕事に就くこともできない。誰かに過去を知られては困るから、他人と深くかかわることができない。そんな芭子にとって、同じ刑務所仲間だった江口綾香は大切な存在だった。パン職人になる夢を持つ四十一歳の綾香は、芭子には思いもかけないほど前向きで、明るく、そして人とも積極的にかかわろうとしているようだった。固い殻を破って、少しずつ、少しずつではあるけれど。とはいえ、そんなとき、綾香がなんと魚屋の若者に恋をしてしまったのだという……!
 連作短編集。
 過去のことをくよくよ思い悩む芭子と、たくましいおばさんであるところの綾香という組み合わせがなんともよい。「yomyom」に連載中から楽しんでいた人もいるのでは?
 人を傷つけ、人を殺し、そういう過去を持っていたら、幸せにはなれないのだろうか。悩む芭子を取り囲む面々は、頑固なお爺さん、なんだか調子っぱずれな新米巡査など、多彩。宮部みゆきの下町シリーズなどとも雰囲気が似ている。



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