ビアンカの手は愛らしい貴族のように、決してビアンカにたべものを運ぶことをしない。この美しい二人の寄生虫は、自分たちを支えているずんぐりした体から栄養を吸収するけれども、そのかわりに何かを与えるということは決してしない。
                
「ビアンカの手」(「一角獣・多角獣」所収)シオドア・スタージョン(小笠原豊樹訳) 早川書房

 小さな町の食料品店で働くランは、ある日、疲れきった母親に連れられてきたビアンカと出会う。正確には、ずんぐりした体つきの白痴の少女の愛らしい二つの手と。ランはビアンカの手を見守り、つねに傍らにいることを望み、ビアンカの家に下宿しはじめる。すべてはビアンカの手、ランどころかビアンカのことさえかまわず、互いのことしか気づかっていないように見えるビアンカのふたつの手のために。
 短編集。
 驚くほど幅広い短編が収められている。ファンタジーや恋愛小説、妄想にかられた男の奇妙な物語、そして「ヴィーナス・プラスX」を彷彿とさせる、人間とは異なる性を持つ異星人との出会い。スタージョンの多才さをまざまざと見せつけさせられる作品集である。
 個人的には、「人間以上」にもつながるような、人間のもつ孤独やさびしさといったものを描いた「孤独の円盤」が心に残った。センチメンタルかもしれないけれど。異星から飛来したと思われる円盤からのメッセージを受け取った唯一の女が沈黙を守る。どんな脅しにも誘惑にも屈せずに。彼女はなぜ、かたくなに口を閉ざしているのか。その理由が明らかになるラストシーン、円盤のメッセージと、彼女が黙っていた理由、そして語り手である「わたし」との関係がとてもよい。涙なくしては読めない。
 スタージョンはいわゆる「SF」の物理的な道具立てではなく、人と人との出会いや関係のすばらしさ、むずかしさ、奇妙さ、さびしさ、幸福感、そういったものを丹念に描いた作家なのだと思う。SFが苦手な人にも読んでいただきたい一冊。



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