あたしたちはみんな秘密を抱いていた。本物の秘密と企みを。数えきれないほど。誰が何を知っていて、誰が何も知らなかったのか、誰がすべてを知っていて、誰が悪党だったのか、いまこうして何度考えても途中で諦めてしまう。頭の中がぐるぐる回るから。
              
   「荊の城」サラ・ウォーターズ(中村有希訳) 創元推理文庫

 19世紀の半ば、ロンドン。大胆な盗人でもあり殺人犯として死刑とされた母親をもち、現在は故買屋で暮らす17歳のスーザン・トリンダー。スウはある日、詐欺師、<紳士>が持ってきた計画に乗ることにする。それはうらぶれたブライア城に住む世間知らずの令嬢をたぶらかし、彼女の財産をそっくり奪い取ってやろうというものだった。侍女としての礼儀作法を叩き込まれ、ブライア城に赴くスウ。しかし、物寂しい辺鄙な場所に建つ城の中、同い年の相手は互いしかいないという状況の中で、スウと令嬢モードは急速に親しさを増してゆく。まるで――恋のように。だが、<紳士>の計略は刻々と進んでいるのだった。
 中身を書くと激しくネタばれになるので多くは語れないが、第一部の最後にはひっくり返るほど驚くこと請け合い。練り上げられた構成の妙がなんともいえない物語である。
 それにしても、サラ・ウォーターズは「半身」のときもちょっとそれっぽいかな、とは思っていましたが、今回の物語はある意味では推理小説であると同時に、スウとモードの恋愛小説だというようにも読める。騙している相手に恋をしてしまったとき、真実を告げるべきか、騙し続けるかどうかは……――愛しているがゆえに騙し続ける道を選択する姿に説得力を持たせるところがすごい。上下二冊、長さはぜんぜん苦にならない。
 英国推理作家協会賞の歴史ミステリ部門(エリス・ピーターズ・ヒストリカル・ダガー賞)受賞。



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