いつものこと乍ら――百介はこの小悪党どもの手際の良さには感心してしまう。百介などは治平に呼ばれて来たはいいが、事情も解らず、結局小さな嘘を仕込まれただけで、後は素でいただけである。
                 
「巷説百物語」 京極夏彦  角川文庫

 考物の百介は、諸国の怪異譚を集めるのを無類の楽しみとしている一風変わった男である。いずれ不思議な話を集めて百物語本を開板しようという心積もりで、あちこちの話を書き留めているのだ。そんな百介が雨の中、険しい山道の途中にある小屋の中で耳にした怪談話。しかしそれは、巧みに仕組まれた、ただひとりの為の物語だった――
 やりましたね、ついに。と、これが単行本で出たときに思ったのである。しかも、気に入って買ってしまっていたのである。にもかかわらず、それを忘れてようやく文庫おちしたから手に入れようって……ありがちな話ですよね(といっておこう)。ということで、文庫になりました。手に入れやすいので、ぜひ。
 京極堂だの榎木津だのが出てくる話って(薔薇十字団シリーズとでもいうのだろうか。そういえば、あれってシリーズ名は何?)小悪党というよりは正義の味方ぶっているのだが、やっていることは騙りである。外伝「百器徒然袋―雨」には、そんな薔薇十字団に巻き込まれた不運な男が出てくるが、今回もこのパターンに近い。関口よりはまっとうで、しかしよくわからないまま、騙りに荷担してしまう百介。すべてを見通すことのできない彼にとっては怪異だが、明かされればそれは巧妙に張り巡らされた仕掛けである。不思議を好む百介は、時に真相なんて知らなければよかった、と思いつつも、彼らの仕掛けにはまっていく。
 仕掛けは仕掛けだから、これは騙りだ、と認めているところがいい。やっていることは薔薇十字団とそう変わりないし、基本的に善人を騙すことはなく、悪人を懲らしめることにも違いないのだが、それでも、彼らがすっきりして見えるのは、自分たちがしていることに対しての開き直りかもしれない。怪異と謎と、ともにふたつを楽しめる短編集。



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