「いろんな土地に、いろんな神々がおる。だがの、じつはそれらはたったひとつの"神"がさまざまに姿をかえて、現れておるにすぎんのじゃ。ある大きな目的のために奉仕する"神"がひとつだけ……甲虫の戦士も、そして狂人も、しょせんはその目的のために操られる駒にすぎんのじゃよ」
            
   「宝石泥棒」 山田正紀 早川書房

 甲虫の戦士、ジローは幼くして故郷のマンドールを離れ、父親から戦士になるための訓練を受けて育った。父が亡くなり、ようやくマンドールに戻ってきたジローだったが、ひと目みただけの従妹ランへの恋情が抑えきれず、罪ある恋をかなえるため、神のお告げにしたがって、マンドールを離れ放浪の旅に出る。お告げによれば、かつてすべての人々のものであった宝石<月>を奪い返せば、ランと結ばれたいというジローの望みが叶うという。狂人のチャクラ、女呪術師ザウアーを連れて、ジローは巨大な魚やイナゴが飛ぶジャングルや草原、奇妙な風習の中で生きる人々の村などを旅して、宝石への手がかりを追ってゆく。そして、当初、何も知らない少年にすぎなかったジローだが、旅を続けるうちに身体も、心も成長してゆく。だが、成長とともにジローの胸にわきあがってくる想い。自分はほんとうにランを愛しているのだろうか。このまま旅を続け、宝石<月>を見つけだしたところで、ほんとうにランのもとに帰って幸せなのか? 迷い。不安。それでも、ジローは旅を続けざるを得ない。そこには、ジローにも、そしてチャクラたち旅の仲間にも思いもかけない"さだめ"があった……
 ジローが旅をするのは、遠い遠い未来の地球。生態系が壊れ、魚が空を飛び、昆虫が巨大化したその世界を、ほとんど世界というものを知らない少年の目を通じて味わうことができる。深く考えると重いテーマだとは思うが、このイマジネーションゆたかな世界を楽しんでもらうだけでもいいと思う。



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