胸にこみ上げてくる得体の知れない感情を一言に集約すると、言葉はそれしかなかった。
「みんな、がんばろうな」
         
 「プリズンホテル」 浅田次郎  徳間書店

 浅田次郎作品は数あれど、実はプリズンホテルシリーズこそ最高傑作ではないかと思っている。それだけに、いままでどうがんばってもオススメ文が書けなかった。だいたい、わたしは思い入れの深い作品であればあるだけ、下手なススメかたしか出来ない、あるイミ、非常に不器用な人間なのである(自分でいってりゃ世話ないのだが)。で、今回も書いてはみたもののナットクはいっていない。でも、やっぱり載せてしまう。だってススメたいのだもの。
 偏屈な小説家木戸孝之介の叔父でヤクザの仲蔵オジが経営する奥湯本あじさいホテル、ひと呼んでプリズンホテル。仲居の間ではタガログ語が飛び交い、古風な仁義を切る強面の番頭たちが出迎えてくれ、しかも送迎は街宣車。とはいえ、ちょっと頑固な板長と、オカルト好きなシェフが競って出してくれる料理は絶品揃い、徹底したサービスを心がける支配人の気遣いは胸にしみ……一泊二日、二泊三日が思いがけない人生のターニングポイントとなる。
 登場人物ひとりひとりに人生があり、ドラマがある。個人的には支配人花沢一馬一家も気になるところだが、やはりここは主人公である木戸孝之介であろうか。夏から秋、冬、春にかけて、母親に捨てられたと思い捻くれ、義母を愛しつつ憎み、亡き父親を尊敬しつつ罵倒している彼の存在が、泣かせる。プリズンホテル「冬」における、父親の恋文は涙なくしては読めなかった。――ああ、ああいう恋文をわたしももらいたい……
 とにかく、騙されたと思って読んでもらいたい。笑いながら泣ける。泣きながら、笑える。そんな素晴らしい作品である。



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