ムーンスモーク。
 作業を進めていると、その名前がアイリスの頭の中でこだました。その名前が両手の下の骨の中で反響した。まるで骨が振動しているかのようだった。あるいは、ささやいているかのようだった。あたかも、骨がアイリスを待っていたかのように。
                  
「骨のささやき」 ダリアン・ノース(羽田詩津子訳) 文春文庫

 マヤ遺跡の発掘チームに加わり、玄室で生け贄に捧げられた女性たちの骨を調査していたアイリスのもとに、「父危篤」の電報が届いた。しかも、ニューヨークから。カリフォルニアからは一歩も出たことのなかったような父。そんな父がなぜ遠くニューヨークで、しかも銃で撃たれねばならなかったのか? 限られた時間の中で、骨をさぐるときのように丹念に真実を求めるアイリスの前に現れる、父の不可思議な行動と、見え隠れする幼い日に失踪した母親の影。そしてまた新たな殺人が起こる――
 幼い日に母親に捨てられたアイリス、厳格で不器用な父の愛情は感じることが出来ず、他人と接することが不器用になってしまった彼女が見つけ出した真実。マヤ遺跡でのアイリスの発見と同じように、その真実の美しさに涙を誘われてやまない。
 謎を含み、かつ起伏に富んだ構成、友情やロマンス。ぐんぐん読み進めて、読み終わって、はた、と……ちょっと待て。あの伏線はどうなった? ポイ捨てられてしまった伏線だの、あまりにひどい扱いを受けた登場人物などがないわけではないのだが、それを補ってあまりある面白さ。日系人ネタなんて、個人的にはもっと掘り下げてもらっても良かったのですけどね……ともあれ、一読あれ。(続き、があるなら読みたいと思わせるほど潔い伏線の捨てかたに、唖然とする向きもあるかもしれませんが……)



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