モーリスを恐ろしく、おぞましく感じる気持がわたしにはある。たっぷりある。いくら生きている人間には何もしない、その意味で無害なのだとくり返し言われても。
           
    「人くい鬼モーリス」 松尾由美 理論社

「わたし」、信乃に女子高生限定の夏のアルバイトを紹介してくれたのは、戸籍上のお父さんである村尾さんだった。といってもいかがわしいものではなく、ある閑静な別荘地に執事と家政婦と暮らす10歳の女の子の家庭教師になってくれ――というものだった。しかしその女の子はたいそう気難しいのか、いままでも面接の段階ではねられたり、面接をパスして首尾よくひと晩泊っても翌日は断られたり、という家庭教師候補がたくさんいたらしい。自分はどうなんだろう……? 何だかちょっとやってみたいような、やりたくないような、でもこの機会に再婚したお母さんから自立したいような、そんな気分で別荘に向かった信乃。そこに待っていたのは超がつくほどの美少女、芽理沙と、納屋に隠された人くい鬼、モーリスだった。芽理沙の祖父の代からこの森の中に住んでいたと思われるモーリスは、生き物の残存思念とでもいったものを食べものにして生きる怪物。子どもにしか見えないそれを匿うために、芽理沙はぎりぎりモーリスが見える年齢である高校生の家庭教師を必要としていたのだ。自分はまだ子どもなんだろうか、とまたも複雑な思いにかられながらも贅沢な別荘での生活になじみかけたそんなある日、ある女性が死亡し、その死体が消えてしまうという事件が発生する。
モーリスに残存思念を食べられた死体はまるで分解したように消えてしまうのだが、そんなことをまさか警察や他の人にいうわけにはいかない。死体がないということは手がかりも消えてしまっているのだから、殺人なのか事故なのかもわからない。どうしようかと悩んでいるうちに、なんと次の事件が。そしてまた死体が消えてしまい――
結論からいうと、モーリスによって死体が消える、というのは殺人事件の謎解きに、ちょうどいい負荷を与えている。うまいな、と思わせる部分である。
さてこのモーリス、ある「かいじゅう」へのオマージュとして描かれたもの。いまの段階でそれがわかる人は……いるかな?



オススメ本リストへ