「せめてもっと上の階へ移りたいわ」
         
「ハイ‐ライズ」 J・G・バラード(村上博基訳) ハヤカワ文庫

 ロンドン中心部からわずか2マイルのニュータウンに建つ高層マンション。同型同大の五棟のうち、最初の一棟がフルハウス――臨界量達成を迎えた。中にはスーパーマーケット、小学校、プール、体育館、レストランなどを備え、2000人の住人をとじこめた40階建ての小さな垂直都市の体をなしている。しかも、入居者のほとんどは生活にゆとりのある専門職のほとんど均質集合体であり、完全なプライバシーが守られている……はず、だった。
 しかし、下階に住む人間と上階の人間との間で微妙な心理的階層、衝突が生じはじめ、ついにある夜の停電をきっかけにマンション内の崩壊がむきだしになる。物語は25階に住む医師ラング、2階に住むテレビ・プロデューサーのワイルダー、40階に住むオーナーのロイヤルを中心に進む。階ごとに派閥、集団めいたものが作られ、互いに襲いかかり奪いあう中で、ワイルダーはひたすら上階を目指す。上へ! なにかに憑かれたように、シネ・カメラを握りしめ、身体には派手なボディーペイントを施して。
 最初のうちこそ異常事態に怯えていた人々が、その状況にはまりきっていく様がすごい。相手を人格ではなく「どの階に住んでいるか」で判断し、外に出かけるときには正常を装いながらも、徐々にそれすら破綻していくその姿。ラストの四行の持つ暗示には、思わず嘆息がもれる。
 バラードというのは異常な状況におかれた人間の心理などを描くのが上手な作家なのだが、この作品は一押し。わたしもたまたま10階建てマンションに住んでいるが、たしかに微妙に……微妙に、下の階と上の階では年齢層や収入などが異なっているのは事実である。それが40階にもなったときにはどうなるものか。マンションの住人には特に楽しめる作品かもしれない。



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