「悪かったね。ほんとに悪かった。ときどき悪魔に負けて、わたし自身おかしくなってしまうことがあるんだ。HATEと書かれた左手が、右手よりも強くなることがあってね」
        「狩人の夜」 デイヴィス・グラップ(宮脇裕子訳) 創元推理文庫

 大不況時代のオハイオ川流域。金物屋の店員だったベン・ハーパーは子どもたちのために強盗殺人を犯し、収監されている。もうじき死刑に処せられる彼は、しかし決して誰にも強奪した一万ドルの隠し場所を明かさなかった。弁護士はもちろん、妻にも、刑務所の同じ監房にいる不気味な伝道師にも。親指を除いたすべての指に右手にLOVE(愛)、左手にHATE(憎悪)となるように刺青をした伝道師は必死になってベンから金の在り処を聞き出そうとするが果たせない。礼拝堂を建てましょう、神のために用いましょう、と口にする伝道師だが、彼には彼を刑務所に閉じ込めた者たちさえも知らない連続殺人の過去があった。
ベンの死後、すべてのことを隠し、伝道師、ハリー・パウエルが未亡人のウィラ、息子のジョン、娘のパールのもとに現れる。人をひきつける巧みな話術と優しげな物腰とであっといまに人々の好意を勝ちとり、ついにはウィラとの結婚を果たすハリーだが、しかし、ジョンだけは彼にこころを許さず、ウィラの目の届かぬところで金の在り処を探るハリーから必死に逃れようとする。そして、ついにハリーは手段を選ばない方法に出た――
いや、さすがはキングの心胆寒からしめたという作品。じりじりと追いつめられる怖さもすごいが、両手にLOVEとHATEの刺青をした伝道師という、このけれん味たっぷりな設定。金の在り処は(読者には)すぐに明かされるが、父親が誰に連れて行かれたのか、真実はどういうことがあったのかを知らぬまま、いなくなってしまった父親のいいつけを必死に守るジョンが健気でいい。ネタばれになってしまうので引用もできなければここで書くこともできないのが残念だが、第四部「たくましい木に鳥が何羽もとまる」……ほろりとさせられます。



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