「三人で仕事しようよ。時間はたっぷりあるわ」
            
  「ハッピー・リタイアメント」 浅田次郎 幻冬舎

 三十三年勤務した財務省から放り出され、再就職先としてJAMSを紹介された樋口慎太郎。近頃流行りで横文字なのかと思いきや、JAMSは財閥解体後の新興事業育成のためGHQによって作られた金融保証機関。とはいえ、いっけん由緒正しいその会社も、内情はといえばリストラぎりぎりの早期退職者たちが、ただただのんびりだらだらと過ごして時間をつぶしているだけの組織だった。樋口慎太郎と同時期に退職し、同じくJAMSに送り込まれてきた元自衛官、大友勉。ひたむきといえば聞こえはいいが、頭が固くて融通がきかず、自衛隊の常識が世間の非常識だとは理解できない直線男。まじめで実直で、だからこそ疎んじられてきた二人の男は、仕事をしないことが仕事、というJAMSの環境にいまいちなじめずにいたところ、年齢不詳の美人秘書、立花女史に「仕事をしよう」と誘われる。仕事――それはJAMSがかつて融資し、踏み倒されて時効となった案件を掘り起こし、相手にもし一寸の疾しさや善意があれば返金してもらおう、という試みである。そして、その「仕事」は、彼らの思いもかけない結果を生み出してゆく――
 そもそも、踏み倒された借金の時効はとうに過ぎている。取り立てに行ったところで、法的手段がとれるわけでもなく、相手の気持ちに訴えることしかできない。ところが、それがあまりにもうまくいくあたり、浅田次郎だなあ、と思うのである。
 さて、仕事をしないことが仕事のはずの組織で、仕事をしてしまい、しかも大成功をおさめてしまった三人。彼らの究極の目標とは?
 なんとも痛快な物語。人生って、捨てたものじゃない。



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