あなたは誰のために生きているんですか――。
              
「半落ち」 横山秀夫  講談社

 ある朝、ひとりの警部が妻を殺したと自首してくる。アルツハイマーに苦しむ妻に頼まれての嘱託殺人。彼を知る多くの者がはじめは耳を疑い、次にはその心中を察してある種の同情を寄せる。しかし、彼は完全に「落ちた」わけではなかった。殺人までの経緯はいい。しかし、事件後の空白の二日間、彼はいったいなにをしていたのか。死を求めて彷徨っていたのか? ――否。頑なに口を閉ざした彼に向けられる不審と疑惑。けれど、あまりにも澄み切った眼差しをした彼に、刑事も検事も弁護士も、皆がこころの奥底に割り切れない謎を抱えたまま、彼を守ろうと偽りを積み重ねていく。破綻はあるのか。嘘は嘘のまま終わるのか。真実はいつ明らかにされるのか。ページをめくるのがもどかしいほどに、物語はじりじりと進まない。
 あっという間に読み終えてしまった。登場人物たちがいまいち、みんな「いい人」すぎだとか、そういう疑問というかわだかまりがは残らないでもないのだろうが、それゆえにこそ透明感の残る話である。割り切れなさや後味の悪さとは無縁。むしろ、読み終えてすがすがしい感動がある。警察が種になる推理小説が好きな人にはオススメ。大沢在昌のようなかっこよさではないし、宮部みゆきの庶民っぽさでもない。高村薫よりは断然文体がやわらかい。ま、そのあたりで直木賞を逃してしまったのかもしれないが……一読の価値はあり。
蛇足。「半落ち」とは、完全な自白をしていない、半分しか落ちていない――と、そういう意味なのだと知ったのは、本をひらいてから。実はいったいどういう意味なのか、本屋で見かけるたびに疑問に思っていた。そういう人は、多いと思う。



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