「ぼくの考えでは……だって。フン。七面鳥もね、考えはあったらしいんだ。でもね、結局スープの出汁になっちまったんだよ」
            
 「オリガ・モリソヴナの反語法」米原万里 集英社文庫

 1960年。チェコのプラハ・ソビエト学校に入った十歳の弘世志摩は、そこで舞踏教師オリガ・モリソヴナと出会った。1920年代には斬新なスタイルであったろうと思われる、とびきり古風な服装。顔面を覆うベール、付けボクロ、レースの手袋、大振りで大時代なアクセサリーをつけた老婦人。どぎつい罵り言葉と、大げさな反語法。ロシア語の女性教師が、「どんなにまともで上品な単語もオリガ・モリソヴナの手にかかると悪罵になりはてる」と慨嘆するほどの、強烈な言葉の数々。しかし、オリガ・モリソヴナは、舞踏家としては天才的だった。
 それから30年。舞踏家になる夢をあきらめ、翻訳家として生きていた志摩は、オリガ・モリソヴナの半生を辿るために、モスクワへと赴いた。幼い日々には見えなかった、ソビエトの事情。19世紀の貴婦人の化石みたいな、フランス語教師、エレオノーラ・ミハイロヴナとオリガ・モリソヴナの二人組、彼女たちが隠し続けた過去。幼なじみとの再会や、オリガの踊り子時代を知る人物との出会いなどを通して、志摩はひとつひとつ、過去を掘り起こしてゆく。そこには、スターリン時代の過酷な日々を生き抜いた女性たちの姿があった。
 なんといっても、オリガ・モリソヴナが強烈に魅力的。こんな教師がいたら、いろんな意味でたまらないなあ……と思う。本書の後ろにつけられた池澤夏樹との対談の中でも書いているが、ロシア語というのは罵詈雑言の多い言語なのだとか。池澤夏樹に対して、米原万里は、日本語も標準語以外では罵倒語が多いらしい……といっているが、オリガ・モリソヴナにはかなわないでしょう(といっても、オリガ・モリソヴナの罵倒語には、同じロシア人でもついていけないようであるが)。
 物語は、かつて、オリガとエレオノーラ、ふたりの娘として転校してきた少女、ジナイーダ・マクシモヴナによって閉じられる。オリガ・モリソヴナの精神がいつまでも生き続けていることがわかる粋なラストまで、いっきに読んでいただきたい。




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