涙がこぼれた。とてつもなく複雑な確執が、複雑でわけの判らないままに解け去った気持ちがした。
                  
  「五人姉妹」(「五人姉妹」所収) 菅浩江 早川書房

 バイオ企業を率いる父によって、健康な身体から健康な臓器を取り出され、成長型の人工臓器を埋め込まれた娘、葉那子。彼女には、万一のとき、彼女に臓器を与えるべく、四体のクローンが用意されていた。やがて無事に成長した彼女には、臓器スペアは必要なく、通常の人工臓器で事足りた。そしてさらに数年がすぎ、葉那子は将来にわたる安全と自由を得たクローンたちとの面会を果たす。葉那子のスペアとして用意されていたクローンたちのさまざまな成長ぶり。そして、葉那子自身の胸に去来する複雑な思い。
 短編集。クローンに関する物語というのは多いのだが、これはまた少し違う。臓器の倉庫だと自らを卑下する少女と、彼女を愛そうとする父親。過去の不安と恐怖を理由に莫大な資産をもぎ取ろうと画策するひねくれた女が自分の分身であるという哀しみ。そしてなにより、もし自分が健康に成長していたら――と。菅浩江の書く女たちは、いつでも人間味があって、それでいて優しくせつない。
 他に、「永遠の森」後日譚「お代は見てのお帰り」や「子供の領分」など、家族や兄弟、ともに暮らす者たち、または離れていってしまった人へ向けられる複雑な愛情が丁寧に描かれた作品が収められている。ほろ苦さがきいたSFである。



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