「なあ、今の君に今の僕はどんな風に見える?」
         
    「真夜中の五分前」 本多孝好  新潮文庫

 大学生の頃に恋人を交通事故で喪い、以来、五分間ずれた世界にいる「僕」。恋人の水穂がいなくなっても、恋人を失った自分を悲しむことができず、致命的に傷つくことさえなく、「最初から何もなかった」ことだけを思い知らされたのだと感じている僕は他人との深い関わりを避けて暮らしている。それはある者には世渡り上手に見え、ある者には厭味なほどにクールに見える生き方だ。だが、他者にどう思われようと、それさえ感じることのない自分がどこかにいる。
 そんな僕はある日、プールで偶然であった女性と親しくなった。そして僕は、一卵性双生児のかすみが、幼い頃から双子の妹であるゆかりとあまりにも似ていること、外見だけでなく、行動も、好みも似ていることに苦しんでいることを知る。妹にだけは明かすことのできない秘密の恋を僕に打ち明けたかすみ。かすみの秘密の恋を知りながら、彼女のために、恋人のように振る舞う僕。そんなある日……
 side‐A 、side‐Bの二冊で構成されているが、どちらから読んでもいいような話ではなく、Aから読まねばならない(だったら上下とか1、2にすりゃあいいじゃないかとかはいいっこなし。物語のテーマである「愛」という点では、Aサイド、Bサイドから描かれているからだ)。物語は僕とかすみとの関係ばかりでなく、広告代理店での僕の日常も描かれ、淡々と書かれているからこそ、僕がどれだけ荒涼とした心象世界に生きているかが浮かび上がってくる。砂漠で毛布を売ることさえ出来る、と言い切れてしまうほどに、他者の感情を操ることに何の疑問も抱かない僕。だが、いまの僕がこのようにしてあるのも、そして物語の僕がかすみとの出会いによって変化するのも、他人を愛するという行為、愛情という不可思議な感情によってであり、それが本物なのかどうかという疑念のせいでもある。誰かを愛するとはどういうことなのだろうか……そんな問いに真っ向から取り組んだ恋愛小説。




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