「そうだすか? 美味しおますか? 面白おますか?」
「うん。松吉もそう思うやろ?」
 松吉は、返事が出来なかった。
          
                          「銀二貫」 高田郁 幻冬舎

 安永七年、睦月。大阪天満の寒天問屋、井川屋の主、和助は通りすがりに目にした仇討ち、討たれた父親をかばう息子の姿に心動かされ、その仇討ちを銀二貫で買うことにする。しかし、その銀二貫は、ひと月前に天満で起きた大火で焼けてしまった天満宮の再建のため、これまで互いに世話になり、世話をしていた寒天製造元の美濃志摩屋から取り立てたくもない借金を返済してもらって得た大金だった。天神さんのための金を、役にも立たない武家の子などに、と番頭の善次郎は文句をいい、主人もその少年をも許そうとはしないが、和助は何事にも辛抱し、けなげに生きる少年に期待をかける。鶴之輔という名を松吉に改め、井川屋に丁稚奉公に入った松吉にとっては、何もかもが慣れないことばかりだったが、天涯孤独の身を支えてくれたのは、人々の温かい人情だった。
 中でも、井川屋の寒天を使った料理、琥珀寒で名をあげた真帆家の料理人、嘉平と、その娘真帆は、寒天の美味しさも面白さもわからなかった松吉に、そのあたたかさと優しさで接してくれた大切なふたりだった。しかし、松吉が十五歳になった年、大阪はふたたび大火に襲われ、真帆家のふたりの消息はそれきり知れなくなってしまう。そしてそれからさらに数年が過ぎ……――
 ようやく立ち直ろうとしているときに、火事によってすべてを奪われる。こんなに何度も火事があっていいものか、と思ってしまうが、それがかつての日本の現実だったのだろう。
 さて、銀二貫。大金である。大金だからこそ、天神さんに頭を下げて、仇討ちを買い、人を助け、将来を確たるものにするために、使うことに意味がある。物語の中に出てくる何通りかの銀二貫の使い道。ただ貯めるだけではない。ただ使うだけではない。活かすことにこそ、カネのもつ本来の意味がある。




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