「力を持ち、知識が豊かに広がっていけばいくほど、その人間のたどるべき道は狭くなり、やがてはなにひとつ選べるものはなくなって、ただ、しなければならないことだけをするようになるものなのだ」
       
 「ゲド戦記T 影との戦い」 ル=グウィン(清水真砂子訳) 岩波書店

 老いを待たずに「竜王」と「大賢人」のふたつながらの名誉をかちえ、その一生は今日にまで歌いつがれいてる男の、まだその名を知られず、歌にも歌われなかった頃の物語である。
 このようにして「影との戦い」は始まる。ダニーと呼ばれた幼い少年の頃から、貧しい生活の中で雑草のようにたくましく、傲慢で気短な少年に成長した彼は、まだその魔術が何たるかをよく理解しない以前に、大魔術師となることを予感させるほどの力を見せる。けれど、ハイタカと呼ばれるようになった少年は、その身につけた魔術と同じほどにはこころを成長させることができず、ついにはその驕りから死霊とともに、闇の中から自分をつけ狙う影を呼び出してしまう。まことの名を知らねば、相手を操ることも理解することもできない。影はハイタカのまことの名、「ゲド」を知っているにも関わらず、ゲドはどうしても影の名を知ることができず、影に怯え、逃れつづけることしかできないのだ。けれど、幼いころ彼にまことの名を与えてくれたオジオンのことばにより、ゲドはついに影と戦うことを決意する。
 ゲドはいう。
「もしも、こちらが完全に負けたら。向こうはわたしから知恵も力も奪って、勝手に使うようになるだろう。今は、わたしひとりがおびやかされているだけだが、万が一わたしの中に入ってきて、わたしを征服してしまったら、わたしを使って、とんでもない悪事を働くに違いない。」
「だが、もし、また、逃げ出したとしても、向こうは、きっとまたわたしを見つけるだろう……。それに、逃げることだけに体力を使いはたしてしまうにきまっている」
 
物語のはじめにあるように、ゲドは竜王、大賢人にもなるのだから、影との戦いに勝ったのだろうということは最初からわかっている。だから、どうやって勝ったのか、どうして勝ったのか……そのことこそが重要なのだ。そして、そう考えると、ゲドが影とむきあうことを決めたとき、そのときすでに彼の勝利が決まったのだといえるだろう。その理由は、最後に影とむきあったとき、影のまことの名を知ることのできたゲドの姿を読めば、きっとわかる。



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