「ガクの奴、いい顔になってきたなあ」
 それは俺たちも同じだとぼくは胸の中でつぶやく。

               「カヌー犬・ガク」 野田知佑   (小学館文庫)

 ガク=岳。おそらく日本で最も有名な少年のうちのひとりの名をもらった雑種犬、ガク。文中には「ひと岳」とひと岳の父椎名誠、名前が近いせいで呼び間違えられることもある夢枕獏なども出てきて、作者の交遊録としても楽しめる。
 ガクは作者の意向でなるべく鎖につながず、自由に外を歩けるようにして飼われているが、日本ではまだまだ犬に対して冷たい。怖がられ、飛行場でもなにか文句をいいたげな顔の係官につつかれる。タクシーにも乗れない。アメリカでのエピソードは微笑ましくも「日本」を考えさせられるできごとだ。飛行場で乗り換えのために待っている彼らに、アナウンスが「散歩にいってこい」と呼びかけるのである。規則にはないが、きっと犬がそれを望んでいるだろうから、と。そこには人と犬との「共生」がある。
 前半、カヌー犬として育っていくガクの姿もいいが、個人的には後半、老いて弱ってきたガクがおそらく最後になるだろうアラスカにいくところがいい。日本では食事以外のときはひたすら眠るだけだったガクが、大自然の中でぴんと神経を張りつめ、目に入るもの、大気の匂い、すべてに注意深くなっていく。そのみるみる若返っていくガクの姿は感動的だ。そして、人もまた。
 窮屈な日本を脱出し、「いい顔」になってみたい。ガクがつくづくうらやましくなった。


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