「あんたは生まれついての魔女なんだ。教わったからじゃない。自分を限定してはいけないよ」
            
「冬物語」 タニス・リー(室住信子・森下弓子訳) ハヤカワ

 灰色に冷たい冬の海、小さな祭殿でひとりさびしく暮らす巫女、オアイーヴ。生れ落ちる以前から巫女になることが定められていた彼女は、血のつながる親に愛された記憶がない。彼女の母親が、手放さねばならぬとわかっていながら、慕い慕われるようなことをすることは愚かだと考えていたからだ。同じ村の子どもたちと仲良くした記憶も、彼女にはない。彼女は特別な女の子。無礼なことはされない代わりに、決して遊びの輪にも入れてもらえない。
 オアイーヴが守る祭殿には聖遺物がおさめられている秘密の部屋がある。ひとつは指輪でひとつは宝石、そしてもうひとつはほっそりした骨のかけら。ところが、巫女しか知らぬはずのその聖遺物を狙ってよそ者が現れ、聖骨を盗まれてしまう。狼の毛皮をまとった灰色の髪をした奇妙な盗人。彼を追って旅に出たオアイーヴが知った、聖遺物の謎とは……
 巫女として生きることに否やはなくとも、停滞していたオアイーヴの生活に、とつぜん割り込んできた盗人、グレイ。彼を追う旅の中で、彼女がどれほど生き生きとしていることだろう。みずからの魔力に目覚め、いつしか追うものと追われるものが不思議に心通わすさまはどきどきはらはらさせられる。とくに、プロローグと呼応しているエピローグは最高だ。この話のもつ透明感、すがすがしさは何度でも読み返したくなる。
 「冬物語」は中篇集で、もう一篇、「アヴィリスの妖杯」という数奇な話も収められている。呪いのかかった杯を手にしてしまった男たちが順に殺されていく。己の欲望のみで生きていた男が死ぬように、己のためでなく、他人のために金銀がほしいと願ったものも死ななければならないのか。ふりかかる運命は容赦なく、残酷だ。最後まで気を抜くことなく読み進むことができるだろう。



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