演奏技術や音響が、すぐれているかどうかなんてことは問題じゃない。はっきりしているのは、僕が「チェロを弾く」ことと、先生が実現して見せた「音楽の演奏」のあいだには、あきらかな隔たりがあるということだった。
                  
 「船に乗れ! U 独奏」藤谷治 ジャイブ

 南との合奏の後、さらに付き合いを深めた「僕」、津島サトルは、南と一緒にオペラを観に行ったり、喫茶店でおしゃべりをしたりする時間を楽しんでいた。しかし、オケのコンサートマスターとして知っていたヴァイオリンの白井先輩が新生学園初の芸大合格者となったことを知った南が自分も芸大に行くと言い出した。ささやかな息抜きの時間さえも惜しんで練習に励む南と同じ時間を過ごすために、自分も芸大に行くと口にしてしまったサトルは、自分のレベルでは芸大に行けないということを心の中で知りながらも、南が好きだ、その気持ちだけで練習に励むことになる。そしてそんなサトルの気持ちを知ってか知らずか、ドイツに住む叔父さん夫婦から、ハイデルベルクでチェロを学ばないかという短期留学の誘いが来た……――
 輝きの第一部から暗転の第二部。自分の両親以外は音楽家一族、家には三十畳のリビング、なんていう「おぼっちゃん」のサトルに対して、蕎麦屋の娘である南はどんなに熱心にヴァイオリンを練習したところで、海外留学なんてさせてもらえない。そのことに対する不公平感、悔しさを隠すことのできない南。そしてまた、付き合い始めたばかりの恋人との長い別れへの寂しさ。そんな複雑なあれこれを振り切ってハイデルベルクに来たというのに、やらされるのは音階ばかり。「音楽」というものの深み、恐ろしさを知り、サトルは将来の自分についてもリアルに想像し始めることになる。
 坂道を転げ落ちるように、なにもかもが悪い方向に向かっていく。後悔してもしきれないし、やり直そうと思ってもやり直せない。苦い悔恨とともに綴られる第二部の先に、どのような第三部が待ち構えているのか。



「船に乗れ! V」
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