『コンヤハ シチュー デス』
         
 「深追い」(「深追い」所収) 横山秀夫 

 交通事故現場で拾い上げた、カード型ポケベル。交通課事故係主任の秋葉は、拾い上げたそれをつい担当者に渡しそびれたままでいた。夫の事故も知らず、夕食のメニューを知らせてきた妻に、どこか痛ましいものを感じずにはいられなかったのだ。高田明子。かつて、秋葉が心を寄せていた女性だった。
 しかし、葬儀が終わってからも、ポケベルへのメッセージは続いた。なぜ? 明子はまだ夫の死を受け入れられてはいないのか。自分の気持ちにブレーキをかけることができず、秋葉は明子の家に通い、周囲の者たちから事情を聞き始める――
 短篇集。
 勝手な思い込みかもしれないが、横山秀夫という人は短篇のほうがうまい。切り口のうまさといったものが感じられる。この短篇集は、一作一作が独立した話でありながら、すべて三ツ鐘警察署の署員たちを主人公とした話になっている。五年前、市郊外に転地したとき、庁舎の裏に署長と次長の官舎、家族宿舎、独身寮を建てた三ツ鐘署は、職住一体の息苦しさといったものがどこかにある。物語は事件を追っているようで、この三ツ鐘署の特殊事情も絡んでくるのだ。「仕返し」などは、この職住一体の環境が子どもたちにまで影響を与ええたさまが描かれていて、なんともやりきれないものを残す。そういう意味で、この短篇集の収録順が発表年順ではないこと、最後が「人ごと」であったことには何か意味があるのかもしれない。偏屈な父親と我儘な娘たちの諍いの行き着く果てにある奇妙な落ちつき、やわらかさ。最後がこの短篇で終わったことで、この本の読後感は決して悪くない。



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