「あんた、バカじゃない?」
「な、なんだと?」
「小夏さんはわたしのともだちよ」
              
「ともだち」 樋口有介  中公文庫

 幼少より祖父から剣術を仕込まれ、その技量は亡父やその同僚をもしのぐ腕前の神子上さやか。彼女の「ただ者ではない」雰囲気と実績とは、聖朋学園内でのさやかの位置を特殊なものにしている。緊迫した状況にない限り、さやかに話しかけるものはおらず、怖れながら遠巻きにするのみ。よって、さやかには無駄なおしゃべりをしたり、気の疲れる社交上のつきあいをするような相手はいない。けれど、もともと社交的なタイプでもないさやかは、そのことを苦にするでもなく不満に思うでもなく学園生活を送っていた。唯一、さやかが気にとめるのは、同じ美術部の美少女、小夏左和子だけである。左和子の横顔をデッサンしながら、さやかはときどき、胸の奥にざわめきをおぼえる。
 そんなさやかの通う聖朋学園で、ふたりのコギャルが襲われるという事件が起こった。ともによからぬ噂の持ち主たちであり、噂には疎いさやかの耳にもさまざまな憶測は入ってくる。そして、三人めの犠牲者が。ついに殺人事件にまで発生した、その事件の被害者は、小夏左和子だった。ひねくれた変わり者の転校生間宮、財閥のお嬢様でありながら、さやかに子犬のようにつきまとう水涼、いつの間にか傍にいたふたりの手を借りて、さやかは犯人探しを始める。
 作中で、さやかの祖父無風斎がいう。
「死んだ美形女子もふくめて、さやかにこれほどたくさんの友達がいたとは、意外じゃったなあ」
 ともだち。
 それは自分でも気づかぬうちに、そっと傍に寄り添っていてくれるものなのかもしれない。望みどおり、理想どおりの相手ではなくても。さやかは、いちばん大切なともだちであったはずの左和子を失って、はじめてそのことに気づいたのだ。犯人探しよりもなによりも、さやかと間宮、水涼のかけあいが楽しめる、ちょっと切ない青春小説。



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