どの手紙も最初は「これはイローナからの手紙です」という言葉で始めた。そして最後に彼女はこう締めくくった――
「あなたの愛する娘、イローナ」
              
「イローナの四人の父親」 A・J・クィネル(大熊栄訳)新潮文庫

 1956年、動乱に揺れるブタペストで、エヴァ・マイレターはカネのために四人の男と関係を持ち、それきりで娼婦稼業はやめにした。二週間後、エヴァはその四人の男たちを呼び集めた。ロシア人、イギリス人、アメリカ人、東ドイツ人。ロシア人以外の男たちは三人ともスパイであり、ロシア人も似たようなものだった。彼女は自分が身ごもったこと、違法堕胎には自分ではどうしようもないほどの金がかかるため、誰かになんとかしてほしいので話し合ってほしいことを告げる。だが、四人の男たちが選択したのは、彼ら全員の子どもとして、エヴァにその子を育ててもらうというものだった。
 十五年後、エヴァ・マイレターが亡くなったとき、男たちが大議論の末に決めたイローナという名前を持つ娘は、はじめてこれまで「おじさんたち」だと思っていた男たちが、自分の父親たちであることを知る。そして、イローナの手紙に導かれて、四人の男たちはふたたび集まるが、彼らの鼻先でイローナは誘拐されてしまう。いったい誰が何の目的でイローナを誘拐したのか。彼らの仕事とこの誘拐は関係があるのか。工作員として百戦錬磨のつわものたちが、互いに力を合わせて娘の救出に乗りだしていく。
 はらはらドキドキ、という点では、クィネルの作品はどれをとってもおもしろい。だが、この話のおもしろさは、それぞれの国でスパイとして活躍する男たちが、娘のために力をあわせるところにあり、そんなに力のある男たちが、誰が父親なのかあえて特定しないでおこう、とロマンチックな約束をしている微笑ましい姿にある。イローナばかりでなく、家庭に問題を抱えていたり、寂しさを抱えていたりする男たちひとりひとりが掘り下げられているところもよい。オススメの一冊。



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