この事件を裁いたサー・シルヴェスター・ホルト判事は、彼のこの言葉を決して快く思わず、腹立ちまぎれに、事件の全貌を知るのは神とフォーチュン氏だけだと語ったことが伝えられている。
             
「聖なる泉」(「フォーチュン氏の事件簿」所収) H・C・ベイリー(永井淳訳) 創元推理文庫

 スコットランド・ヤードの犯罪顧問、レジナルド・フォーチュン氏。美食家で血色のよい無邪気な顔をしていて、気ままな生活を楽しんでいるフォーチュン氏だが、犯罪捜査に関しては一目も二目も置かれている。フォーチュン氏は外科医としても病理学者としても優れていたが、しばらくは開業医として父親の手伝いをしていた。しかし、いまは犯罪捜査に携わっているだけのようである。
 彼を頼りにする警察関係者でさえ、このようなことをいうことがある。
「きみは証拠によって活動しないからな」
 だが、このような批難に対するフォーチュン氏の答えは、
「とんでもない。ぼくは証拠以外のものは使わない主義だよ」
 ――犯罪捜査部の科学顧問、フォーチュン氏の事件を収めた短編集。フォーチュン氏自身は、科学的証拠に基づいて……と称するが、周囲から見れば、それは神懸り的ともいうべきフォーチュン氏の「直感」、優れた人間観察の結果から導き出された推理だとしか思えない。そこで、ときには頭の固い警部がフォーチュン氏と対立したり、せっかく片付けた事件を蒸し返された医師や判事が苛立ったりすることになる。
 中に、なるほど! とフォーチュン氏に納得し、同意できる話が多いのは、もしかすると近代科学教育のおかげかもしれない。医師の教育を受けたフォーチュン氏は、いわば最先端の教育を受けているが、それでも当時は血痕から判断できるのはそれが人間の血かどうか、血液型は何型か…ということくらいなのである。そのような中で行われる「科学捜査」とは。古いんだけど、おもしろい。オススメです。



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