「お祈りのとき、手をつないでくれてありがとう」
「えっ、ああ、うん。いろいろごめん」
「みんなもう、あたしに手をふれようとしないから」
                
 「ファイヤーガール」 トニー・アボット(代田亜香子訳) 白水社

 「ぼく」、トーマスはでぶで目立たない男の子。学校ではみんなからそれほど話し掛けられもしないし、気にもとめてもらっていない。母さんからは「おもてに出ていかない」からだといわれるけれど、トーマスはそれでも満足なのだ。空想の中でだって、スーパーマンみたいに嘘っぽいくらい大きな力じゃなくて、ちっぽけで安っぽくて、ほかの人が考えつかないような力があればいいな……なんて思っている。友だちのジェフは乱暴で自分勝手なところがあるけれど、それでもふたりは放課後、一緒にマンガ本を読んだりしている。けれど、そんないつもどおりの日々が、ある日を境に変わってしまった。それほどいろんなことがあったわけではないけれど。ほんの二、三週間のことだけれど。
 それはあたらしい学年がはじまってから少ししてから転校してきたジェシカ・フィーニーのせいかもしれない。みんながどきどきして待っていた転校生は、これまで見たこともないような姿をしていた。目をそらしたくなるような。思い出して、思わず吐き気を催してしまうような。ジェフはろこつに顔をしかめ、机を離したり、ジェシカの悪口をいったけれど、でも、トーマスは、みんなが想像だけでどんどんジェシカを悪者にするのはいやだと思ったし、ジェシカだってほとんどふつの女の子と変わらないところだってあると思えるようになっていった。そしてある日……
 ごくふつうの男の子の、ごくふつうの日常に投げ込まれた異物。ジェシカ・フィーニーという姿で現れたその異物によって、トーマスは自分の生活や、友だちだと思っていたジェフとのかかわりや、勇気を出すということ、生きることについて考えるようになる。ファイヤーガールというタイトルからわかるように、ジェシカはひどい火傷を負った少女である。彼女自身の生き方にも、感じさせられる部分は多い。悪者のように書かれているジェフだが、彼の乱暴な生き方にも理由があることがちゃんと読みとれる。登場人物が脇役までしっかり描かれていて、もし自分がトーマスたちのクラスにいたら……? そんなことを思うと、何度も手にとりたくなる物語となっている。



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