「そんな風に自分にたがをはめちまうのはよくない。やらなきゃならないことはなんだってやるんだ。せいいっぱい力を尽くしてやるんだ。そして人間にできることはそれしかない。『ぜったいできない』と言う人間に、やるべき義務を負わせること、それが神様はなによりも好きなんだ」
              
「ファイアスターター」 スティーヴン・キング(深町眞理子訳) 新潮文庫

 12年前、身寄りが少なく、苦学生だったアンディとヴィッキーは200ドルのために大学の心理学教室での薬物実験に志願する。ロト・シックスと名づけられたその薬を投与された12人のうち、ほぼすべてが発狂その他の理由で死亡。そして、結婚したのはただ一組。他人を「押す」力を持つアンディと、部屋の端から冷蔵庫を閉めるくらいの念力を持つヴィッキーの間に生まれた娘チャーリーは、みずからの意志で(ときにはみずから望む以上に)物や人を自然燃焼させる、念力放火の能力を持っていた。CIAの下部組織「店」は彼らを監視し、とある愚かな誤解から始まった一連の出来事が、アンディとチャーリーを逃亡生活へと追いやっていく。能力以上の力を出したために燃え尽きそうなアンディ、力こそあってもまだ幼いチャーリー。ふたりが助かる道はあるのか。
 キングにしてはやや冗長かもしれないが(上下巻。上巻が逃亡生活、下巻が監禁生活)、それでも飽きることなく読めてしまうのはさすが。トイレットトレーニングと同じくらいに、能力を使うことを禁じられていたチャーリーは、その力を使うことを極度に恐れている。なぜなら、それが楽しいことであることを知っているからだ。車や、家や、人さえをも燃やすことを楽しむ自分になりたくない――二度とこの力は使わない、ぜったいに何も燃やさない。そう誓いはしても、父のために、みずからのために力を使わざるを得ない状況になってゆく幼い少女の心のさびしさ。恐怖よりも深い哀しみの美しさが際立つ作品である。



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