「いっとくけど、あんた、夢を見てるわけじゃないからね。ボクだって、夢の中の生きものじゃない。もちろん、いろんな点でファンタージェンは夢に似てるけど、でも、あんたの世界でだって、夢と現実が区別つかなくなることはあるだろう?」
           
「ファンタージェン 秘密の図書館」 ラルフ・イーザウ(酒寄進一訳) ソフトバンク クリエイティブ

 臆病で夢想家の青年、カール・コンラート・コレアンダーは、ある古本屋が出した奇妙な求人広告の面接に出かけるために勇気を奮い起こしていた。「本を愛し」ていることは誰にも負けないけれど、「途方もないことでも決断する勇気を持ち、どんなことにもひるまず挑戦する人物」とはとてもじゃないけどいえないからだ。しかし、古本屋のトルッツ氏との面談後、カールは店の外見からは思いもかけない奥行きを持つ図書館のような部屋に導かれ、全権委任状によって古本屋を委ねられることとなる。しかし、肝心の全権委任状には署名がなく、なのにトルッツ氏は行方不明になってしまった。弁護士との相談のうえ、七日の間に署名を手に入れなければならなくなったカールだが、店の奥に広がる図書館で出会った小人(!)からはファンタージェンというもう一つの国の危機を告げられ、思いがけない成り行きから、虚無に襲われているファンタージェンと幼ごころの君を救う冒険の旅に出ることになる――
 ミヒャエル・エンデ「はてしない物語」に捧げるオマージュとして、ドイツのファンタジー作家、ミステリー作家、歴史小説家などがかかわっているシリーズの邦訳第一作目。「はてしない物語」を読んだ方にはおわかりのはず。そう、バスチアンが出会う古本屋の主人こそ、歳をとったカールなのだ。ゆえに、あちこちいろんなところで物語は重なりあい、共鳴しあい、豊かな広がりを見せてくれる。
 みじめな子ども時代を送り、自分は何もできない、臆病で意気地なしな駄目な人間だと思い込んでいたカールが、否応なく巻き込まれた冒険で少しずつ変わってゆく。この「少しずつ」というところがポイントで、彼は劇的な変貌をとげるわけじゃないし、バスチアンのように外見まで変化した冒険というものはない。そこがまたよいのだけれど。
 時代が1938年11月7日と限定されているため、ナチによる焚書が行われている現実世界というものも垣間見える。大切な本が一冊一冊と消えてゆき、その隙間に虚無が入り込むファンタージェン図書館の危機との符合を考えて読むと、単なる冒険物語とはいえない重みがある。「虚無」とは――と。
 「はてしない物語」のファンを失望させることは決してない。むしろ、はてしない物語を懐かしむ人にはぜひ読んでいただきたい一冊。




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