自分が無条件に受け入れられてもらえるような感じがした場所は、エラントリスだけだった。あそこでは王女ではなく、もっといいもの――つまり、一人ひとりの個人が重大な役割を果たしている社会の一員になれた。
        
   「エラントリス:鎖された都の物語」 ブランドン・サンダースン(岩原明子訳) 早川書房

 神々の住まう美しい都、エラントリス。そこに暮らす人々は、銀色の肌と白い髪を持ち、人々を癒し、光をもたらす魔法の力を持っていた。エラントリスの住人には、誰でもなることができた。<シャオド>と呼ばれる変身は、貴族にも農民にも、子どもにも老人にも等しく訪れるものだったからである。しかしそれは、10年前までのこと。10年前のある日、突如としてエラントリスは呪われた都市と化した。美しかったエラントリスの人々はしみだらけの皮膚をした生ける死人となり、魔法の力を失った。しかも、エラントリスを抱く国アレロンの国土には大きな亀裂が生じ、周辺の人々は土地を失い、貧苦にあえぐこととなった。エラントリスは祝福された神々の地から、一晩にして呪われた都市となり、鎖された都市となったのである。そして、10年。それまでエラントリスに依存することの多かったアレロンでは、商人が幅をきかせ、奴隷制を復活させるなど、国そのものも大きく乱れてしまっていたが、そんな中、国王イアドンに反発し、一部の貴族たちに熱狂的に支持されていた王子、ラオドンを<シャオド>が襲う。密やかに葬儀が営まれ、一夜にして見捨てられた都市エラントリスの住人となったラオドンは、動かない心臓、冷たい皮膚、そして怪我をしたら治ることなく、つねに痛みに苛まれる身体――を持ちながらも、エラントリスの中で人々に希望をあたえるコミュニティを作りだしてゆく。
 一方、政略結婚とはいえ、事前のやりとりでラオドンに心ひかれ、喜びにあふれてアレロンを訪れたテオド国の王女サレーネは、到着と同時にラオドンの死を告げられる。ラオドンがエラントリスにいることを知らないまま、サレーネはかつてラオドンを支えていた貴族たちと知り合い、アレロンの政治に自ら乗り込んでゆく。そこには、帝国の侵略をもくろむデレス教の大主教ホラゼンとの対立も含まれていた。
 物語は、エラントリス内部で、かつてのエラントリスの栄光を取り戻すべく努力するラオデン、アレロンの宮廷で政治的画策を試みるサレーネ、己の信仰心に疑念を抱きながらも、布教に力を入れる大主教ホラゼンのそれぞれの姿を描くことで進められる。彼らはそれぞれに個性的で人間くさく、魅力にあふれている。特に、背が高すぎ、頭が良すぎて婚期を逃し、ラオドンに期待を抱いてアレロンにやってきたのに、到着と同時に婚約者の死を告げられたサレーネの人物造形は見事。
 痛み、苦しみ、飢え。そんな中でも、人々は希望を見出すことができる。己自身と闘うエラントリスの人々の姿は、読者であるわたしたちに、きっと勇気を与えてくれる。最初は慣れない言葉が多くて読みづらいかもしれないが、中盤以降はぐいぐい読めるはず。オススメ。




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