「本というのは、強い力のあるものだ」ジョリオンは言った。「そして、きみにはわかっていると思うが、この本は、特別な能力がなければ力を発揮しない」
                
「エンデュミオン・スプリング」 マシュー・スケルトン(大久保寛訳) 新潮社

 オックスフォード大学内にある聖ジェローム学寮の図書館で、ブレークは不思議な本と出会った。本の背をさわっていた彼に、その本はちくりと飛びかかってきたようなのだ。『エンデュミオン・スプリング』。古い革装丁の本は、何ページかは端っこが合わさってぴったりくっつき、これといった目的もなく地図みたいに広がるページもあったが、ほとんどは空白のように見えた。そして、あきらめかけたそのとき、勝手にひらいたページの上に、浮かび上がってきた、謎めいた詩のようなもの。ブレーク以外の誰にも読むことができない本。『エンデュミオン・スプリング』とは、いったい、誰が何のために作った本なのだ?
 物語は1452年、ドイツのマインツでグーテンベルク親方の元で活字印刷の手伝いをしている少年、エンデュミオン・スプリングの物語と、現在のイギリスで本の謎を解こうとする少年ブレークの物語が交錯して進められる。
 いまいちぱっとしない成績のブレークの生活は、離婚の危機にある両親に怯え、聡明な妹が大学内でもてはやされるのを横目で見ながら、いじけた気分で過ごす日々に集約されている。だが、そんな彼が純真で無垢な子どもしか読めない本を手に入れたことで得る、新たな自信と勇気。一方、エンデュミオンもまた、ドラゴンの皮から作られた紙を守るために、自らの幸福を犠牲にする道を選ぶ。時代を超えて出会ったふたりの少年の想いは、世界を変えかねない『最後の書』を守れるのか。
 グーテンベルクとは、いわずとしれた活版印刷術の父である。本好きなら、『グーテンベルク聖書』という言葉くらいは、どこかで耳にしたことがあるかもしれない。ところが、実は活字を発見したのはグーテンベルクではないという伝承があることを知った作者が作りあげたのが、この物語。作者による「歴史に関する覚書」によって、その伝承が見事に物語化されていることに驚かされる。
 図書館は、そして本は、ただそのままで異空へと……過去や空想の世界へとつながる空間であることを教えてくれる。そんな素晴らしい本でもある。オススメ。



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